18期Cクラスの木原まさやすです。
今回のゲスト、南伸坊さんが編集長だった漫画雑誌『ガロ』は、中高生の頃、毎月買っていたので、とても懐かしいです。
今回のテーマは「伸坊ヒストリー」。
峰岸先生の合いの手も含め、話はいろいろ飛んだり脱線しますが、そこが面白いところです。
伸坊さんの子ども時代。
街でいろいろ見て歩くのが楽しみだった伸宏(本名)少年は、「落ちてる釘とか拾って集めたり」。
それは、「後年の『路上観察』にもつながるな」と、峰岸先生。
※路上観察(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典、コトバンク)
https://kotobank.jp/word/%E8%B7%AF%E4%B8%8A%E8%A6%B3%E5%AF%9F-162107
看板屋さんが、真っ白なところから描くのをずっと見ていたり、友人の家で、おじいさんが、広告マッチのラベルを木版で刷るのを見ていたり。
広告マッチは、後に伸坊さんが通った美学校で、先生の赤瀬川原平さんが台所用マッチをコレクションしていたので、改めて収集したとか。
ここで、広告マッチの本を書いた、河野鷹思(こうのたかし)のお話に。
戦前から活躍したデザイナーで、峰岸先生がイラストレーターの山口はるみさんから聞いた話では、河野氏は戦前、女優の高峰秀子と付き合ってたとか!?
その上、さらに衝撃的な、現代の巨匠イラストレーターのあの先生やあの先生が付き合っていたのは…というお話も飛び出しました!!
※赤瀬川原平(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E7%80%AC%E5%B7%9D%E5%8E%9F%E5%B9%B3
※河野鷹思アーカイブ
https://konotakashi.jp/
「戦前のデザインはけっこう水準が高かった」(伸坊さん)という話から、戦後のデザイン、イラストレーション史のお話に。
宇野亜喜良、和田誠、横尾忠則の3人が中心で、東京イラストレーターズ・クラブを作った経緯から、
「当時、横尾さんなんか、ただのイラストレーターではない、時の人だったけど、この人(伸坊さん)も、ただのイラストレーターではない」(峰岸先生)と、伸坊さんの「顔マネ」の話に。
「この顔で宮沢りえになったり、すごい」。
「イラストレーターだから、顔にイラストを描いたんです」(伸坊)。
最新作は大谷翔平の愛犬、デコピンです。
※大谷選手の愛犬デコピンになりきる南伸坊さん(77歳)の年賀状。
……一生尊敬します‼︎(伊野孝行さんのXへの投稿、Jan 6, 2025)
https://x.com/inodesu/status/1876134417313439951
さて、伸坊ヒストリーに戻ると、昔、「絵ビラ(手描きポスター)屋さんというのがあって、その作業を、草野球の帰りなど、ずっと見ていた」そうです。
パチンコ屋さんの開店時などに、大きな模造紙に泥絵の具のような色で、(七福神の)恵比寿、大黒や、招き猫などの絵を描いていく。
黄色、ピンクなど、版画のように色を重ねて、最終的に文字を入れて出来上がる。「作業するのを見てるのが好きだった。
自分でも手を動かしたいと思ってたのかも。絵が上手だったわけじゃないんだけど」。
伸坊さんは、高校生の時、学研の学年誌にヒトコマ漫画を投降したら採用され、カットを依頼された。
峰岸先生も学研の読者欄に投稿をしていました。
お二人とも、『漫画読本』(文藝春秋)等で、和田誠さんや長新太さんのヒトコマ漫画(カートゥーン)が好きだった。
峰岸先生は「そういう漫画家になりたかったけど、(日本では人気ないので)食ってけないと、利口だからすぐ気が付いた(笑)。
そしたら、すぐ隣にイラストレーションというものがあった」。
「後にイラストレーションって言われるようになる(和田さん達の)絵の感じが、それまでの漫画家の絵と違うことに気が付いてた。
そういう絵を描きたいと思った。つまりイラストレーションを」(伸坊)。
伸坊さんは、中学2年のころから「漠然とデザイナーになろう」と思っており、都立工芸高校に入学。学校近くの神保町の古本屋でデザイン雑誌を読み、デザイナーの名前を覚えるように。「それが一番勉強になりました」。
峰岸先生も高校の時、修学旅行のかわりに上京して、古本屋を回っていたとのこと。
学校での「バウハウス式の、写生から図形を単純化するような」授業より、本屋で見た新しいデザインのほうが面白くて勉強になった(伸坊)。
峰岸先生は、入学した青山学院大学には行かず、その先の骨董通りのセツ・モードセミナーに。
伸坊さんは、美学校に入学。美学校の「赤瀬川(原平)さんの教室に、4~5年入り浸ってた」。
※美学校
https://bigakko.jp/
美学校では、
「木村恒久さんの授業が面白かった」。「一挙にプロの知識に直接触れる感じ」「アイデアのきっかけになるような話」。
文化人類学者のレヴィ・ストロースのお話等だったそうです。
※木村恒久(百科事典マイペディア)
https://kotobank.jp/word/%E6%9C%A8%E6%9D%91%E6%81%92%E4%B9%85-828824
伸坊さんは、筑摩書房のデザイナーの就職試験に落ちます。ところが、筑摩に見せる作品を、当時入り浸っていた、神保町の漫画出版社・青林堂に預けていたら、社長の長井勝一氏が見ていて、「筑摩に落ちたなら、明日からうちに来れば」と言われ、伝説的な漫画雑誌『ガロ』の編集者に。
ちなみに、現在の青林堂は当時とはまったく別の内容の会社で、もともとの青林堂の路線は、スタッフも含めて、青林工藝社が引き継いでいます。
※ガロ (雑誌)(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AD_(%E9%9B%91%E8%AA%8C)
青林堂の象徴だった長井社長や、伸坊さんの後で『ガロ』編集長になる渡辺和博氏の面白いお話がいろいろ。
峰岸先生は、渡辺さんに誘われ、『ガロ』に漫画を執筆したとのこと。その作品は、かつてMJブログに掲載されてましたね。
※長井勝一(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E4%BA%95%E5%8B%9D%E4%B8%80
※渡辺和博(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E5%92%8C%E5%8D%9A
『ガロ』を象徴する漫画家のひとり、つげ義春氏について、伸坊さんは、難解と言われる作品「ねじ式」も、
「自分のおふくろも面白いと言ったくらいだから、誰が見ても面白いところがあった」と指摘しました。
「つげさんの漫画は読んでぜったい損しない」「イラストレーター的センスを持っている」「ヘタウマもひょっとすると、つげさんが最初かも」とも語っています。
伸坊さんは、『ガロ』の編集長から、イラストレーターとして、マスコミの売れっ子に。そもそも、『ガロ』に作家の近況など雑文を書いていたのを読んだ美術雑誌『みづゑ』の編集者の依頼で、文章を書くようになり、「ガロで絵も描いてたから」絵の依頼も来るようになったとのこと。
ここで、「ヘタウマ」の元祖、湯村輝彦さんをめぐる、画材と技法の深い話に突入します。
「湯村輝彦は、僕らの世代ではトップのイラストレーターだった。ヘタウマを唱えたけど、ちょっと行きすぎちゃって、仕事が減った」(峰岸)。湯村さん作の漫画『ペンギンごはん』は、伸坊さん編集の『ガロ』が初出で、「名作です」(峰岸)。
伸坊さんは、パントーン社製マーカー愛用者ですが、同社製の透明カラーシートについて、峰岸先生が「安西水丸さんは、パントーン(のカラーシート)をずらしながら使ったけど、それで湯村さんと仲が悪くなった。湯村さんもずらして貼るから」というと、伸坊さんは「湯村さんはずらしてたんじゃなくて、ずれちゃうんだよ」。
「俺の説だと、湯村さんは、自分の描いた線にそって、ちゃんとはみ出さずにパントーンを貼ることができなかった」(伸坊)。
「わざとじゃない?」(峰岸)。
「時間かけて熟練すればできるようになると思うけど、途中で『これでいい』って決めたところが湯村さんだということを言いたい。はみ出したまま、これでいいって決めて、そのまま出して、作品として通用した段階で、湯村さんの画法が確立した。
それを見た水丸さんが、かっこいいってマネするのは、全然悪いことじゃない」(伸坊)。
「それは俺もそう思う」(峰岸)。
「決断したのは湯村さんだから。マチスも乱暴に描くけど、その良さを、これでいいって、自分でできるところが、天才なんだよね。新しいい絵を作り出したところが」(伸坊)。
「湯村さんがヘタウマを始めた頃、2回ぐらい、湯村さんとこに遊びに行ったことがある。あれ、簡単に一発で描いちゃうと思われがちだけど、そうじゃない。失敗した絵が周りにいっぱい散らばってるんだよね」(峰岸)。
「自分が気に入るまで描くと」(伸坊)。
「(友人の)柳生弦一郎も、何枚も描いて、いいところをつないでた」(峰岸)。
「日本画も、下絵は切り貼りすることがあるけど。湯村さんは、切って貼ったところを、そのままでいいってするところが、湯村さんの技法。それがすごいと思う。それで面白くなきゃだめだけど、面白くなるんですよ。(普通)見せたくないものが、こういうふうに見れば面白いって思えるっていう(のが重要)」「自分が慣れた技だけでやるんじゃなくて、そういう時がチャンスなんだっていうのは、みんなわかってると思いますけど…」(伸坊)。
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このほか、トーク全編を通じて、興味深いディテイル満載で、とても書ききれません。
伸坊さんのヒストリーは、『私のイラストレーション史 ――1960-1980』(ちくま文庫)に詳しいです。
https://amzn.to/4hHZjqf
蛇足ですが、終了後、伸坊さんと立ち話の機会があり、以前からの疑問を聞きました。
伸坊さんと伊野孝行さんの共著『いい絵だな』(集英社インターナショナル)に、お二人とも、田中一村が好きでない、というくだりがあります。私は好きなので、「なんで評価が低いんですか?」と聞いたら、「どうだ、うまいだろうって言ってるようなところが、どうも。北斎もそういうところあるよね」という趣旨のお答でした。なるほど。

3クラス合同の授業に、OB、OG、休学生も参加。どんなお話が始まるのか、興味津々です。

すごく楽しそうな伸坊さんと峰岸先生。77歳と80歳、両方縁起がいい数字。

聞き入る人、メモを取る人。合同授業はzoomで配信もされました。机上のノートPCがそれですね。

授業後の懇親会は、明大前の居酒屋で。売れっ子イラストレーターの卒業生の方の顔も。当方はちょっと飲み過ぎました。

わざわざ福岡から上京した生徒のために、伸坊さんが自著にサイン。伸坊さん、いろいろありがとうございました!
(写真キャプションも木原でした)
峰岸先生、先日は合同授業に参加させて頂きありがとうございました。
懇親会参加に伴い、ご担当の方々には大変お世話になりました。
木原さんの丁寧で詳細なレポートにのおかげで
当日聞き取れなかった内容などおさらいすることができ
とても助かりました。まとめてくださってありがとうございます。
幼少期の経験やすごしかたなどは、
やっぱり少なからず現在の自分の創作に影響があるものなんだと
思うに至りました。
南先生、たくさんの貴重なお話を本当にありがとうございました。
南伸坊さんをゲスト講師に迎えての合同授業は、
先生との掛け合いがとても楽しく、あっという間の2時間でした。
伸坊さんの顔マネのお話しには、イラストレーターだから顔に絵を描くということになるほどでした。
木原さんがリンクを貼ってくださった伸坊さんの最新作デコピン、人間以外も顔マネされてすごいと思いました
南伸坊さん、峰岸先生、大変貴重な時間をありがとうございました!!
木原さん、詳細な冒頭文をありがとうございました!!
峰岸先生、先日はzoomで講義に参加させていただきありがとうございました。
伸坊さんの子供時代のお話やイラストレーションが盛り上がっていたころの当時のお話などとても貴重なお話をリアルに聞けてとても興味深かったです。
特に制作秘話みたいなお話はくいいるように聞いてしまいました。
「これでいい」と思える潔さはやはり大事!と改めて納得です。
伸坊さん、先生ありがとうございました。
木原さんも、こんなに丁寧にレポート書いてくださって感動です。
zoomで参加させていただきました。
長きに渡って第一線で活躍されてきている南伸坊さんと先生、なんだかすごい場面を目の当たりにしていることに感じ入っていました。また、お二人ならではの掛け合いや和やかな空気感は画面越しにも伝わってきましたし、とても興味深いお話ばかりであっという間の二時間でした。
木原さんのレポートも詳細に書いてくださりありがとうございます。
ズームで拝聴しました。まず画面を開いて、先生と南伸坊さんが並んでおられるのを目にして「MJ入って本当によかったーー!」と改めて感じました。ガロや渡辺和博さんや次々にお二人から出てくる憧れが濃縮したようなワードに耳を漏らしたらもったない!と耳を澄ませました(この日は所有しているガロを読んでから寝ました!笑)。なにより、人や時代やイラストレーションと向き合って愛しておられる感じが素敵で、自分も色々なものに心を向けて過ごそうと思いました。木原さんとてもわかりやすくまとめてくださりありがとうございます。何度も読ませていただきます!ズーム視聴してくださった係の皆さんも本当にありがとうございました。
木原さんの書いてくださった文章が読みやすくて(リンクまで!wiki好きなのでありがたいです。)もう一度読みに来たら、自分の書いたコメントが誤字や敬語が変だったり、恥ずかしくなりました、すみません。
そして授業を受けたい時響いた言葉、改めて読んで響く言葉、そして今日また読んで響く言葉、それが様々で、改めてすごい素敵な講義だったなとしみじみとしています。
初めて参加させてもらったzoomの合同授業。とても楽しかったです。
湯村輝彦さんのパントーンからのくだりからの「何が自分の絵をジャンプアップさせるきっかけになるかわからない」といった言葉が特に印象的でした。
木原さんの記事、お見事です。朝からデコピンの写真に笑ってしまいました。
峰岸先生、合同授業の運営(zoom展開やその後の懇親会も!)に携わってくださった方々、本当にありがとうございます。
とても有意義な授業を先生、伸坊さん、委員の方々ありがとうございました。あと何より木原さん、素晴らしい文面,本当にありがとうございました。仕事のため途中から参加した私にも臨場感たっぷりで触発され、かつ為になる内容でした。あらためて皆様に感謝申し上げます。
素晴らしい特別授業に参加させて頂き、峰岸先生、南伸房さん、係の皆様、ありがとうございました!
先生と南伸坊さんの和やかな空気、ハッとしたり、沁みたりしたお話、木原さんの詳細なレポートでありありと蘇ってきました。貴重な機会を本当にありがとうございます!
操作を間違えてえいいちさんの返信のところに書き込んでしまいました。申し訳ありません!
遅ればせながら、ZOOMで参加させていただきました。
峰岸先生、南伸坊さん、委員の皆さまありがとうございました!
木原さんの詳細なレポートも授業の振り返り以上の密度の濃さで
ありがたいです。
お話を伺いながら、私も人としての引き出しをたくさん持ちたい
ものだと感じたりしました。
貴重なお話を伺えるのも合同授業ならではですね。
楽しい合同授業をありがとうございました。
伸坊さんのデコピン!好きです!
峰岸先生、南伸坊さん、合同授業の機会を下さりありがとうございました。
木原さん、詳細なレポートで講義を振り替えることができ、大変感謝です!
作品づくりで励みになる言葉や、つげ義春先生のねじ式についてのお話など、とても楽しい授業でした。
峰岸先生がお話していた無人島マンガも気になります…!
貴重な時間を本当にありがとうございました。